原田哲男(3)2008/06/03 10:43

今年のソロの公演では、ドイツの作曲家の曲ばかりを選びました。
クラシック音楽とひとくくりに言っても、国や時代が変われば曲の骨格から色合いまでずいぶん違います。その中にあって古典からロマン派のドイツ、オーストリアの作品は最も重要な中心に位置しているといえるでしょう。いつの時代、どの場所でも人の心を動かしてきたそれらの曲に取り組めることは大きな喜びです。 

ベートーベン、メンデルスゾーン、ブラームスはまた一人一人が異なった境遇で生き、それゆえに個性的な人間だったと思います。4つの作品それぞれの持つ魅力を表現できればと思います。

仙台フィルハーモニー管弦楽団(4)2008/06/04 09:25

管弦楽曲では、非常にまれなことですが、ひとりあるいは少人数でステージ以外で演奏することがあります。この本体のオーケストラではない別動隊の人を「バンダ」といいます。非常にまれはことといいましたが、仙台フィルでは昨年2回バンダが登場しました。「せんくら」をはさんだ9月定期での「幻想」の第3楽章の牧童の笛をまねたオーボエ、それから10月定期の「英雄の生涯」の舞台裏で吹くトランペット、これらが例として挙げられます。

「1812年」ではモスクワの人々の勝利の喜びを最大限に表現するために、バンダが使われています。

イズミティ21大ホールのいたるところにバンダの人を配置し、バンダの編成は、当日まで秘密ですが、その華やかな響きをたっぷりと皆さんにお届けしたいと思っております。

なお、10月13日の最後の演奏会[101]の「アイーダの大行進曲」でもバンダがトランペットを吹きならします。

(写真:舞台の両袖に立って演奏しているのがバンダです)

原田哲男(4)2008/06/04 09:26

昨年9月から一年間の予定でドイツのライプチヒに留学しています。
出発前の引越しにはバタバタしました。 この機会に読み直そうと文庫本をいくつか荷物にも詰めましたが、最近その中になつかしいものが挟んであるのを発見してびっくりしました。 それは1989年(大学1年)の日付の、とある著名日本人チェリストのリサイタルチケットだったのですが、失礼ながらそのコンサートに行ったことを全く覚えていません。
しかも御招待の印が・・ 大学1年のその時期にどういう理由で誰から券をいただいたのか? 思い出せない分かえってその半券を簡単には捨てられない気になりました。大事に飾ることはなくてもせめて同じ本に挟んで日本に持って帰ろう、と。そしてブッ○ ○○に売るようなことはやめておこう、と。 

もともと何かを記念に取っておいたり、集めたりというほうではないのですが、この件があって、やはり紙などの形で残すものも良いなと思いました。このブログを含め、今はパソコンの中に何から何までもが詰まっていて、思いついたら簡単に取り出せますが・・もし20年後に今を振り返るとしたら、やはり手に取れる紙のほうがより懐かしく思い出せるような気がするのです。(行ったことを覚えていなければ元も子もありませんが) 
せんくらで例を挙げるとしたら、せんくら2006期間中のガイドブックは街やレストラン、演奏者の情報など楽しい内容が盛りだくさんだったような覚えがあります。そのガイドブックはきっと将来誰かが感慨をもって見直すのではないかと思います。
因みにドイツでは各オーケストラとも随分と立派な年間冊子を作っていて、その代わりコンサートのチラシというものはほとんど見かけません。

仙台フィルハーモニー管弦楽団(5)2008/06/05 09:45

ロメオとジュリエットには「幻想序曲」、1812年には「祝典序曲」というタイトルが付いていますが、いずれも曲の後にオペラが始まるわけではありません。なんだか変ですね。交響曲のように4つの楽章で構成されているものでない、オーケストラのための単独の作品を、いつの時代からか「序曲」と呼ばれるようになったのです。どうやらそう名付けるようにしたのは、メンデルスゾーンではないかといわれています。二つの曲のように、物語や出来事からインスピレーションを受けて作曲されたものや、名付け親のメンデルスゾーンには「フィンガルの洞窟」という風景をもとに作った序曲があります。いずれも親しみやすい曲です。

原田哲男(5)2008/06/05 09:46

ヨーロッパに留学すると言ったら、オケのとある女性団員(その方は海外生活も長い)に「あっちの男性はとっても紳士的なの。レディーファーストなんかもちゃんとしてるんだから! 原田君もしっかり学んできてくださいね!」と妙な課題を言い渡されてしまいました。 

さて、こちらに着いて街を歩いていると・・確かにあるある! よいマナーが。
 
でもそれは男性が女性に対してだけではないようです。人が人に対してというか、道を譲る、ドアを押さえて待つ、困っているようならすぐに手を貸すといったような行為がさりげなく普通に行われているのに気付きます。 日本であればやり過ぎは返って相手に警戒されかねないでしょう。でもそれは日本とヨーロッパの土地環境や歴史の違いに因るところが大きいので、一概にどちらが良いとも言えません。 

問題の(?)レディーファーストに関しては、ドイツ語の先生いわく「最近若い人の間ではそれも減りつつある」とのこと。「それよりも、日本では電車やバスでお年寄りに席を譲らないとどこかで読んだけどどうして? 他人に親切にするという習慣はないの?」と逆に聞かれてしまいました。 「それには日本人ならではのメンタリティーがあって・・」と、微妙な気持ちをドイツ語で答えることが出来ればよかったのですが。

というわけで、くだんの同僚に「留学の成果」を披露できるかどうかは自信がありません。